(財)神商同窓会略年表

年・月

県商・神商同窓会

教育関係

社会の動き

明治元年(1868)

 

 

☆明治維新

☆江戸を東京と改称

◎兵庫の津(湊)周辺に旧鎮台が置かれ、兵庫裁判所と称された後、まもなく第1次兵庫県となる。但し、廃藩置県の前に 設置された暫定的な県であった。

・初代知事(県令)伊藤俊介(博文)

◎神戸町誕生

・神戸、走水、二つ茶屋の3村合併

☆東京へ遷都

明治2年(1869

 

○福沢諭吉「学問のススメ」刊行

☆横浜〜新橋間に鉄道開通

明治4年(1871

 

○文部省設置

◎各県に知事の前身である「県令」か「権令」が置かれたが、権令は同11年に廃止された。

◎第2次兵庫県が誕生

・摂津八部、菟原、武庫、有馬、川辺5郡を統合

明治5年(1872

 

○学制発布

☆徴兵制布告

明治6年(1873

 

◎神戸師範伝習所(旧神大教育学部)元町3丁目に開設

○開成学園(現東京大学)のアメリカ人教師、ホレエス・ウイルソンが野球を紹介

明治7年(1874

 

 

◎神戸〜大阪間に鉄道開通

明治8年(1875

 

○東京商法習講所設立

(旧東京商大・現一橋大)

・わが国におるける最初の商業教育機関

・森有礼が尾張町に私設

 

明治9年(1876

◎森岡昌純が第8代兵庫権令として着任、商業学校を創ることを計画し、翌年神戸商業講習所が設立。

◎森岡昌純は、明治11年の権令廃止に伴い県令となった。

 

☆廃刀令布告

◎第3次兵庫県が誕生、ほぼ現在の県域となる。

明治11年(1878

◎神戸商業講習所(県商の前身)設立(1月)

・兵庫東川崎来町に支店を設置し、授業開始

◎わが国におるける商業教育機関としては、東京商法講習所に次ぐ第2番目のものである。

◎森岡昌純と福沢諭吉との間で、神戸の貿易の発展と人材の育成のための話し合いが行われた。

◎その結果、教師の人選は福沢が引き受け学校経費(1月200円)は兵庫県がを支出することになった。

◎開港場としての神戸にいち早く商業学校が生まれたことは、兵庫県教育史上、特筆すべきことであり、これがまた後年、東京に次 いで官立神戸高等商業学校(現神戸商大)が設けられる伏線となった。

◎発祥の地はJR元町北、同窓会所有地で記念の銘版が現東亜ビル西側にある。

◎支配人甲斐織衛、県勧業課所管

◎開校時の生徒は19名であった。

◎この講習所は極めて特色のある授業をした。

・一日習エバ一日丈ノ用ヲナシ一ヶ月習エバ一ヶ月丈ノ用ヲ弁ジウルガ如キ教育ヲ施サン(神戸商業教習所概則前書)

・その「実地演習」では「講習所内ヲ数局ニ分カチ、即郵便、電信、運送問屋、製造問屋及び銀行等、ソレゾレ1局ニ1事ヲ充テ、 生徒ヲ各局ニ分置シ商業ヲ営マシム。且ツ仮紙幣ヲ造テ之ヲ授ケ、売買ノ際ニ用ヒシメ、恰モ講習所内ヲ種々ノ商店ニ疑シ、 互ニ相集リテ商売取引ヲナシムルノ趣向」であった。(文部省第7年報、明治1279頁)

◎この様な独特の教育を施した神戸商業講習所は世間の注目を浴び、全国各地より参観者が絶えなかったという。

明治131T月に設立された大阪商業講習所は神戸商業講習所に刺激され、これに倣ったものであった。

◎創立当時の学則抜粋

(本校60年史より)

一入学ノ年令ハ満十四年以上トス。但シ以下ノ幼年ノ者ト雖モ其請願、官ノ許可ヲ得タル者ハ入学ヲ許スベシ一生徒ノ人員ハ当分 50名二限るベシ。一生徒ノ学資金(授業料)ハ当県下在籍ノ者ハ之ヲ納ムルニ及バズ。他県下ノ者ハ50銭、毎月之ヲ納ムベシ一初歩ノ 書籍及帳合紙ハ生徒ノ自弁タルベシト雖モ上等ノ書籍又ハ高価ナル書籍ハ貸与スルコトアルベシ但シ初歩ノ書籍及帳貸合紙、生徒中望ノ 者ハ原価ヲ以テ売下グベシ

◎県学務課の主菅に変更

◎校舎を元町3丁目に移す。

◎第1回卒業生14名を送る。

 

◎兵庫商法会議所設立

◎兵庫津、神戸町、坂本村を併せて神戸区を置く。

明治12年(1879

◎校舎を元町3丁目に移す。

 

 

明治14年(1881

◎第2回内国博覧会に商業教育具を出品、総裁宮殿下から褒状をうける。

◎大阪商業講習所設立(旧大阪商科大学・現大阪市立大学)・五代友厚ら16名で創設

◎国会開設の勅諭がでる。

明治15年(1882

◎改正校則・教則実施、修業年限4ヶ年、学期は9月1日〜翌年7月末、初めて入学試験の制度を設ける。

◎横浜商業学校設立

◎居留地にオリエンタルホテルが開業

明治16年(1883

◎移転・神戸市下山手へ

◎再度、勧業課主管となる。

◎大阪、横浜の商業学校と連合演習を開始

 

 

明治17年(1884

◎簿記例題を編集出版

 

 

明治17年(1885

◎講習所は文部省所管となる。

 

 

明治19年(1886

◎県立神戸商業学校に改称修業年限を3ヶ年とする

 

◎神戸商法会議所が発足

明治20年(1887

◎創立100周年記念式挙行

◎体操科を創設

◎全国商業学校に先駆け算盤を教授する。

 

☆このころ神戸にフットボールが伝えられる

明治21年(1888

◎移転下山手→橘通(現中央区)

 

◎山陽電鉄、開通

・兵庫〜明石間

◎国鉄、東海道線開通

・兵庫〜明石間(後に姫路まで)

明治22年(1889

W.ラッセル・ランパルス氏(パルモア学院の創始者)を招聘(外国人英語教師雇入れガ実現)

 

☆大日本帝国憲法発布

◎神戸が市制を施行(人口13万5千人)

明治23年(1890

◎級長・副級長制度を実施<

◎第3回内国勧業博覧会に教育道具を出品し、3等有効賞並びに褒状を受ける。

◎制服制帽が確立明治19年ごろより生徒の服着用者が増加し前年から和服着用者を見なくなったため。

 

 

明治24年(1891

 

 

◎岐阜の大地震で神戸も甚大な被害

明治25年(1892

◎同窓会組織・校友クラブ

結成「校友会誌」創刊

 

 

明治27年(1894

◎校則を改定し修業年限を4年とする。(小学校尋常科4年、高等科4年の学制にあって高等科4年を入学資格とした。)

 

☆日清戦争始まる。

明治29年(1896

◎支那語科新設

◎校友会に短艇部発足

 

◎林田湊・池田3ヶ村を神戸市に合併

◎花隈の神港倶楽部で日本最初の映画興行

明治30年(1897

◎庭球部創立

 

◎日本最初の水族館が創設される

明治31年(1901

◎県会で本校新築資金3623025銭可決

 

☆治外法権撤廃で居留地が返還される

明治33年(1900

◎移転・校舎新築→楠町へ・伏見の宮貞愛親王の台臨を仰いで開校記念式を挙行

◎最上級生より成績優秀者数名を選抜、県の補助金を得て海外の産業施設、金融情況、貿易関係など調査のため視察旅行、 各年度とも1015名程度であるが昭和10年には20名が出かけている。(中国・満州・朝鮮方面)へ太平洋戦争勃発まで継続

◎撃剣(剣道)部創立

 

 

明治34年(1901

 

 

◎六甲山頂に日本最初のゴルフ場の神戸ゴルフ倶楽部開場(4ホール)

明治35年(1902

◎野球部創立、前後して談話(弁論)部、図書部、柔道部が創立され校友会活動が活発になった。

☆市立大阪商業高等学校が市立大阪高等商業学校に昇格

☆日英同盟条約締結

明治36年(1903

◎学則を改正し、校務細則試験規則など整備

◎生徒服装として麦稈帽子着用を許可する。

◎官立神戸高等商業学校設立(現神戸大学、経・営・法学部)

・初代校長に水島銕也氏(本校卒業生・3回)就任

◎神戸ゴルフ倶楽部18ホル完成

明治38年(1905

◎楢崎寿氏(12回)谷口茂雄氏16回)らによって同窓会創立

 

◎阪神電鉄、開通・大阪〜三宮間

明治39年(1906

◎校旗を制定

◎支那語を随意科とする。

◎級長・副級長の微章を制定

 

 

明治41年(1907

 

 

◎市章制定◎東亜ホテル開業

明治41年(1908

◎入学資格その他学則を改定・小学校の教育年限延長に伴い高等科2年卒を入学資格とする。

 

 

明治42年(1909

◎同窓会の名称を「県立神戸商業同窓会」とする。

 

☆韓国併合

明治43年(1910

 

 

◎兵庫電動道開通兵庫〜須磨間

◎神戸電気鉄道開通(市街地電車)春日野〜兵庫間開通

明治45年(1912

◎修業年限1年の専修科を設置(入学資格は中学卒業)

◎同窓会報創刊

 

 

大正2年(1913

 

 

◎新開地に聚楽館が竣工

大正3年(1914

◎本科を一部とし、専修科を二部とした。

 

☆第一次世界大戦おこる。

大正4年(1915

◎神戸市原田町(現灘区)へ移転

 

 

大正5年(1916

◎校歌「日輪昇る」制定

 

 

大正6年(1917

◎楠町校舎全焼

 

◎神戸市が市街地電車を買収市営化(買収金額2130万円)

大正7年(1918

 

 

☆米騒動

大正8年(1919

◎原田に移転

◎第一部予科2年(入学資格は小学校尋常科卒)、本科4年、第2部1年の7年制を采用

 

◎阪神急行電鉄(現阪急)開通

梅田〜神戸(上筒井)間

大正10年(1921

◎第一部(入学資格は小学校尋常科6年卒)修業年限を5年に改め予科を廃止した。

 

◎神戸開港50周年、市政30周年などの総記念年行事開催

◎川崎造船、三菱造船の大労働争議おこる。

大正11年(1922

◎第二部を廃止、

◎本校を高等高等所業学校に昇格する運動がおこる。

◎第8回全国中学校野球大会準優勝

 

 

大正12年(1923

◎定員を100名に増加

 

☆関東大震災

大正13年(1924

 

 

◎東洋一を誇る神戸タワー完成

大正14年(1925

◎排球部創設

 

◎摩耶ケーブル開通

昭和2年(1927

 

 

◎阪神国道電軌道開通、東神戸〜西野田間

昭和3年(1928

◎兵庫県立第一神戸商業学校に改称

◎市立横浜商業学校が昇格し市立横浜商業専門学校が併設された。

◎神戸有馬電気鉄道開通

湊川〜有馬間

昭和4年(1929)

◎本校の昇格運動は@高等商業学校に昇格A本校に県立高商に併設B新たに県立高商を設置の3案のうちBが採用され 県立神戸商業高等学校が設置された。(現神戸商科大学、平成16年から統合により兵庫大学)

 

 

昭和5年(1930

 

 

◎神戸市営バス運転開始

昭和6年(1931

 

 

◎神戸市、制施行・灘、葺合、神戸、湊東、湊、湊西、林田、須磨(8区)

◎六甲山ロープウェー開通

昭和7年(1932

◎移転→校舎新築(現在の星陵高校の校舎)・明石郡垂水町星が丘(現垂水区)・落成竣工式挙行・同窓会館 「凌波館」を建設し母校に寄贈

 

☆上海事変

☆満州国建国

☆5.15事件

◎六甲ケーブル開通

昭和8年(1933

 

 

◎高山植物園開園

昭和12年(1937

◎同窓会が北長狭4町目に同窓会館建設のため土地134坪取得

 

○盧溝橋事件・日中紛争勃発

○日独伊防共協定

○英仏、ドイツに宣戦布告・第2次大戦勃発

昭和13年(1938

◎土俵開き相撲大会

◎神戸の風水害甚だしく、本校生徒勤労作業に出動

60年史刊行

 

◎阪神大水害/p>

◎神戸市の人口100万人突破

○国家総動員法発令

昭和14年(1939

 

 

○ノモンハン事件

○国民徴用令公布

昭和15年(1940

◎富田砕花作詞・山田耕作作曲「古き歴史は輝かに」の新校歌制定

◎校友会を報国組織に改める。

◎神戸商業大学に予科設置。但し本校の出身者には受験の資格を与えられず。

◎小学校を国民学校に改める。

○日本軍、北部仏印に進駐開始

○日独伊3国軍事同盟締結

昭和16年(1941

◎戦時特例により173月卒業者を12ヶ月繰り上げ卒業(61187名)

 

○日本軍、真珠湾奇襲・太平洋戦争始まる。

昭和18年(1943

◎中学校令施行により就業年限を4年とする。

◎戦時資材として鉄製スチームなど設備部品勤続を供出

◎学徒出陣式挙行

◎「教育に関する戦時特例方策」により昭和19年度において男子商業高校は一部を除き工業・農業、女子商業高校に転換 させられたが県下では本校と県立姫路商業高校が存続することとなった。

 

 

昭和19年(1944

◎神商同窓会・財団法人化文部大臣認可(5月)・総資産91,25202円、会員数5220名注財団法人は民法第34条に基づく 公益を目的とする法人の一種で財産を基に、その運用益で慈善や学術のように等の公益事業を行う法人である。

同窓会で財団法人となっているのは全国でも数少ない。

◎学徒動員・3〜4年生(後に2年生も)が川崎航空機明石工場へ・5年生は川崎重工・内外ゴム・湊川鉄工所へ出動

 

☆サイパン島日本軍全滅

B29東京初空襲

昭和20年(1945

◎川崎航空機出動の生徒8名明石公園に避難中爆死

5年制最後の64回生卒

◎海軍経理学校に校舎を接収され長田区の若松国民校に移転

◎神戸大空襲により校舎消失一切の記録・記念品などが失われた。

◎西垂水区県立聾学校に移転・4年制最初の65回生卒業(175名)

◎校舎接収解除(8月)・2学期を開始

 

◎神戸市西部大空襲

◎神戸市東部垂水・明石大空襲

○東京大空襲

○広島・長崎に原爆投下

○ポッダム宣言受諾(814日)

○天皇が戦争終結の詔書を発表(815日)

◎神戸市の人口が37万人に

◎神戸に連合軍進駐

昭和21年(1946

66回生(68名)卒業4年制は本年で終了

◎校友会誌「星が丘」発刊

 

◎日本国憲法公布

昭和22年(1947

5年制復活・66回生と67回生が同時に卒業

◎学制改革により新入生徒の募集を停止

 

 

昭和23年(1948

◎兵庫県立第一神戸商業高等学校に校名変更

◎県立垂水高校(神戸四中)と統合し星陵高校と改称、同校の商業科となる。・68回生のうち36人が同校商業科3年に編入 ・69回生は、県商5年生に留まる者と高校2年生に編入される者に分かれ、・70回生は併設中学校の形で同校1年に進学した。 ・71回生は併設中学校3年卒業後に県立神戸・兵庫・長田・星陵・明石・市立神港などの高校商業科に進学した。

 

 

昭和24年(1949

◎旧制県立第一神戸商業高等学校として最後の69回生を送る(36名)

◎高校3原則(総合性・男女共学・小学区制)初の新入生を迎える。(商業科通算71回男子107名女子16名)

◎校章制定

◎県教委主催の県下商業科研究会が開かれ、商業科研究事業・研究発表が行なわれる。

◎星陵高校同窓会副会長長谷川和雄(68回)ら商業科在校生ほか300名の署名をもって星陵高校商業科卒業生を神商同窓会 会員となすよう嘆願したが拒絶され禍根を残す。

 

◎湯川秀樹博士ノーベル平和賞受賞

昭和25年(1950

◎新校歌「空は晴れたり」制定竹友藻風作詞・斉藤登(44回)作曲

 

◎神戸博開催(日本貿易産業博覧会)

☆朝鮮動乱おこる。

昭和27年(1952

◎四谷文子一座を招いて音楽会開催。

 

 

昭和28年(1953

◎遠藤磨里バイオリンリサイタル開催

 

 

昭和29年(1954

◎辻久子バイオリンリサイタル開催

 

 

昭和30年(1955

◎学校用地2000坪を購入

 

 

昭和31年(1956

 

 

◎人口が再び100万人突破政令指定都市になる

昭和32年(1957

◎明治時代の卒業生の座談会開催

◎大正時代の卒業生の座談会開催

◎女子制服制定

◎学校用地4934坪を購入

 

◎シアトルと姉妹都市に

昭和33年(1958

◎昭和時代の卒業生の座談会開催

◎県商から通算して創立80周年記念式典を星陵高校が挙行

◎記念誌発行

 

☆こだま運転開始

☆一万円札発行

昭和34年(1959

◎国際会館で文化部発表会

 

 

昭和36年(1961

◎県議会で新県商第一期工事予算7000万円可決・用地36,500u

 

◎マルセイユと姉妹都市に

昭和37年(1962

◎新県商、現在地に開校(6月)・入学式を星陵高校講堂で行なう。男子158名女子255名・オリエンタルHTで祝賀会挙行 ・富田砕花作詞・斉藤登作曲「海は光て」発表

 

◎堀江謙一氏ヨットで太平洋単独横断

☆キューバ危機

昭和38年(1963

神商同窓会「会報」復刊第1号発行

 

☆ケネデイ大統領暗殺

昭和39年(1964

◎星陵高校第16回卒業式で商業科最後の卒業生を送る。(通算83回、男子81名、女子175名)

 

☆東海道新幹線開通

☆東京オリンピック大会開催。

昭和40年(1965

◎新県商第1回卒業式(通算84回、男子154名女子254名)

 

◎山陽特殊製綱倒産高度成長時代の終わりを象徴

昭和41年(1966

 

 

◎ポートアイランド埋め立て工事着工

昭和42年(1967)

90周年記念祭

◎大学紛争おこる。

◎神戸港開港100

昭和43年(1968

◎「歴程90年」発行

◎大学紛争激化。

◎神戸高速鉄道開通

阪急、阪神、山陽、神鉄接続、(梅田〜三宮(元町)三田〜姫路)

☆明治100年記念式典

☆川端康生氏ノーベル文学章受賞

昭和44年(1969

 

 

◎リオデジャネイロと姉妹都市に

昭和45年(1970

 

 

☆日本万国博覧会

☆よど号ハイジャック

◎六甲有馬ロープウェー開通

昭和46年(1971

 

 

◎市電全線廃止

昭和48年(1973

 

 

◎天津と友好都市に

昭和49年(1974

 

 

◎リガと姉妹都市に

昭和52年(1977

◎座談会・「百年の校歴を語る」(神戸六甲荘)・「県商を語る」(東京三井クラブ)・創立100年を迎えて(神戸舞子ビラ)

◎創立100年記念祭を行なう。

☆外貨準備高1957700万ドル・史上最高

◎市営地下鉄,名谷〜新長田間開通

昭和53年(1978

◎創立100年祭・神戸文化ホール

◎百年史同窓会名簿刊行

◎記念碑・蛍雪百年除幕式

 

☆新東京国際空港(成田)開港

☆日中平和友好条約調印

◎稲荷山古墳から115文字の銘文を持つ鉄剣出土

昭和56年(1981

 

 

◎ポートアイランド竣工

◎ポートライナー運転開始

昭和60年(1985

 

 

◎ブリスベンと姉妹都市に

◎ユニバーシアード神戸大会開催

昭和61年(1986

◎情報科・会計科発足

 

◎フィラデルフィアと親善協力都市に

昭和63年(1987

◎創立110周年記念船上パーテイ・サンシャイン・ふじ

 

◎北神急行電鉄開通

昭和64年(1988

◎地代不払いのため賃貸契約解除と土地明け渡しを求めた訴訟が最高裁判所で勝訴

 

 

平成元年(1989

◎校友会誌「海は光りて」創刊

 

 

平成2年(1990

◎マーキュリー像を新県商入口に移転(旧県商4階外壁より)除幕式をおこなう。

 

◎三井太陽神戸の両行が合併し太陽神戸銀行となり、後にさくら銀行を経て三井住友銀行となる。>

◎六甲ライナー運転開始

平成3年(1991

 

 

◎新神戸ロープウェー開通

平成4年(1992

 

 

◎人口150万人突破

平成5年(1993

 

 

☆中田篤仁さんカンボジアでボランティア活動中ゲリラに襲われて死亡

◎バルセロナと姉妹都市に

平成7年(1995

阪神淡路大震災により校舎損壊・各種行事の中止相次ぐ

◎元町駅前土地上の建物入居者に対する立退きに関する和解条項執行

◎県商生の戦争体験記「日輪昇る」発行・戦後50周年に合わせて刊行会(代表三橋喬67回)が発行・136点の原稿と50点を超える写真を収録

・34回(大正5年卒)から70回(昭和26年卒)まで133名が寄稿

 

◎阪神淡路大震災

平成8年(1996

◎元町駅前土地上の建物撤去、更地となる。

◎跡地を賃貸契約

◎母校発祥の地である旨の銘板を東亜ビル西側に埋め込む。

 

◎震災の影響で人口が142万人に

平成10年(1998

◎創立120周年記念式典

◎同窓会館「イフレ館」母校敷地内に竣工、建物を県に寄付する。

 

◎明石海峡大橋開通

平成11年(1999

 

 

◎神戸空港着工

平成12年(2000

◎寄付行為改正

・財団法人としての公益性・社会性の充実

・評議員会の整備

・社会に開かれた会員大会の開催

120年史発行

◎国公立大学に52人進学(滋賀大学11人ほか)し、全国の商業学校関係者の注目を集める。

 

 

平成13年(2001

◎会員大会

・母校講堂・寄付行為改正の経緯の報告と改正内容説明及び質疑応答

・参加151人

・記念講演は実施せず。

 

◎人口が再び150万人を突破

平成14年(2002

◎会員大会・母校講堂

・参加161人

・記念講演中田武仁氏(国連ボランティア名誉大使)

・演題「地球に平和を」

  

  

平成15年(2003)

◎会員大会・母校講堂

・参加228人

・記念講演堀江謙一氏(ヨットマン)

・演題「生きる勇気」

 

 

  

平成16年 (2004) ◎ 会員大会・母校講堂
・記念講演 岩崎紘昌氏
・演題「お宝鑑定の裏話と生涯の趣味」
◎KCSスポーツクラブ総会
・シーサイドホテル舞子ビラ
   
平成17年 (2005) ◎ 会員大会・母校講堂
・記念講演 三浦泰年氏
 (ヴィッセル神戸)
・演題 「サッカヘこそ我が人生」
 子供サッカー教室併催
   
平成18年 (2006) ◎ 会員大会・母校講堂
・ミニコンサート
 平島謙二氏 (84回生)
・記念講演 桂 文福 さん
・演題 「出会い ふれ愛 わきあいあい」
  ◎神戸空港開港 ポートライナー延伸
平成19年 (2007) ◎創立130周年記念式典
・明石市民会館
・記念講演 増谷裕久氏 (55回生)
(関西学院大学名誉教授)
・演題「県商魂に思う」
◎創立130周年記念祝賀会
・シーサイドホテル舞子ビラ
◎130年記念誌「歴程」の発行
   
平成20年 (2008) ◎ 会員大会・母校講堂
・記念講演 桑原征平氏
(元関西テレビアナウンサー)
演題 「征平のイキイキ人生」
  -生きているだけで丸もうけ-
◎ 歴史資料室の設置・開設
  (母校本館1階 入口)
   
平成20年(2009) 6月7日
「会員の集い」  於 舞子ビラ
平成21年(2010) 6月6日
「会員の集い」 於 舞子ビラ

参考文献

1 県商60年史

2 県商80年史

3 県商100年史

4 県商110年史

5 兵庫県史

6 日本史総覧X近代・現代

7 選抜高等学校野球大会50年史

8 全国高等学校野球選手権大会・第51〜60回

9 会員名簿・県商100年記念

10 日輪昇る

11 イフレ竣工記念

12 福翁自伝

13 福沢諭吉全集・第一巻

14 県商復活当時資料

15 母校百年の歩み(神戸新聞記事)・スクラップ集

16 県商紀要・創刊号〜9

17 その他