此度、二年後輩の寺田君より母校の「同窓の輪と話と和」の投稿バトンを受けました89回生の石井宏昌です。現在、横浜で勤務しています。10月1日で単身赴任の生活も丸3年を経過しました。 卒業以降37年経過した今でも年に数度、寺田、金井両君とはご一緒しています。
 その際、県商時代の「野球部での夏の合宿」を毎回毎回、飽きることなく、懐古し、その度に、時空を超えて、あの炎天下、じりじりと皮膚を焼き地表を焦がし視線の先に見える陽炎、砂埃が舞う グランドに汗と泥塗れの姿で立っているのであります。正に最良、至福の一時であります。遥か昔の入学時は志もなく漫然と学生生活を送っていました。

 ただ、スポーツは水泳以外、結構得意としていましたので野球、陸上、器械体操など様々なものに講じていました。そして、結局は野球部に入部しました。勉強などした記憶がありません。
 一方、世相を振り返ると正義感が強く、志しの高い学生は当時の旧態依然とした固陋な体制に立ち向かい、社会を変えるほどのエネルギーを持ち合わせていたように思います。小生には、 そのような気概もなく、いつも冷めていたような気がします。
 3年生になって、新入部員が入部してきました。その中に寺田、金井両君がいました。体形、練習など一見して野球経験は無く冷やかしで入部してきたと直感しました。しかしながら寺田君の 寄稿文中のとおり、炎天下の夏の合宿、先輩達がリタイアしていくなかで両君は最後までやり抜きました。きらきら輝く目が必死に白球を追う姿は実に爽やかで今も鮮明に脳裏に焼きついています。 両君との出会いは、小生のその後の人生に大きな影響を持つこととなりました。それは、先輩として「しっかりせにゃならぬ」という強い想い、意志でした。
 この確固たる意志が今日まで継続しているのも、彼等との途切れぬ友好の賜物であります。これからもお互いが伝統ある県商卒業生の一員であることを誇りとして、更に深遠なる関係であり 続けたいと年を重ねるたびに、その想いは強く醸成されています。
 翻って、繁々と当時を思い起こせば、我が母校「県商」は鷹揚且つ寛容な校風であり、勝手気儘な愚生をも温かく育み、慈しみ、そして社会に輩出していただきました。それも偏に、恩師を はじめ個性溢れる友、友、友、先輩後輩ほか関係方々のご厚情によるものでありました。
 茲に改めて心より深謝を申し上げ、次にバトンを渡したいと思います。2年生の時、女子が多い中で、進学クラスは大半が男子、その中で一際、明るく大きな声の学生が居た、硬派で熱血漢な ところに気が合い、それ以来のお付き合いをしている同じ89回生の徳澤君にバトンタッチ致します。

次は、同じ89回生の徳澤君です。 輪と話と和 TOPへ