私が県商を卒業したのは昭和21年、在学中は、県商生の戦争体験『日輪昇る』やOral History『66.67回生が語る戦時下の県商生』にあるような大変な時代でしたが、卒業後も戦後処理と言うか、 まだまだ大変な時代が続きました。銀行に就職したのですが、最初の仕事は財産申告の受付補助、[申告された証書、通帳、紙幣等に証紙を貼り一定額以上はその財産を封鎖し使えなく(戦時中多額の軍事費を使って いたので戦後のインフレを抑える目的)する為]その他GHQの命令で財閥解体、占領軍の駐留、外地からの復員、軍艦が戦勝国に渡されたり、原爆の実験にされたり、県商が普通高校に変わったのもこの時期です。 神戸でも土地、建物が占領軍に接収されジープが走り、三宮は闇市となっていました。その当時のことは今でも忘れることは出来ません。

 最近は、同窓会のお手伝いをしていますが、定年退職後に知人と比叡山にお参りしたのがきっかけで、毎月お参りしているお寺があります。そのお寺は明王堂と言って、不動明王がご本尊で千日回峰行の荒行が有名なお寺です。 千日回峰行を満行されたお坊様を阿闍梨様と云いますが、その阿闍梨様が毎日お護摩を焚いて下さるので毎日大勢の信者様がお参りされます。護摩木にお願い事を書いてお不動様にお願いするのですが、その信者様のお世話をしたり、 お護摩奉修の副導師的な仕事、その他お札の願主名書き、朝夕のお勤め等、週の内4日間は泊り込みのご奉仕が11年間続きました。お不動様のおかげと比叡山の緑,澄み切った空気、適当な運動(坂が多い)食事は精進料理 (生臭は食べない)規則正しい生活が、今日の健康な私を作ってくれたものと、感謝しています。
 「70歳くらいですか?」とよく聞かれますが、昭和3年生まれの82歳です。健康の秘密をちょっと披露申し上げました。
 次は神商同窓会副理事長の岡本 忠文さん(87回生)にバトンを渡します。

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