* 本記事については神戸新聞のご好意により「学校人脈」(昭和52年12月3日〜28日連載)を 参考とさせて頂きました。お礼申しあげます。 |
主な卒業生・関係者(敬称略)
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福沢 諭吉と森岡 昌純 |
慶応義塾創始者県商創設時の兵庫県知事 |
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・ 明治10年代前半までの福沢諭吉・慶応義塾の影響は、全国にわたりかなり大きなものが
あった。兵庫県の場合、特に縁が深く、明治11年から14年までの兵庫教育界に関して決定的ともいえる影響があったの
である。 |
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諭吉の人生観 |
・ 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。 |
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学問とはなにか |
・ 学問は人生の目的にあらず、学問を学びて大学者になりたりとて、その学問を人事に
活用して、自身自家の生計を豊かにし、またしたがって自然に国を富ますの基となるにあらざれば、学問も一種の遊芸にして、人事
いそがしき世の中には、まずもって無益のさたなりというべし。 |
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金銭感覚 |
・ 銭は万人の欲するところにして、これをえること甚だ難し、ただ難しきが故にこれを得んとして熱心勉強す。 ・ 道理のさき〔堺)を逸して財をむさぼるを吝となずけ、一身一家の生計を密にして、外面辺幅をからざるを倹という。 ・ 大いに富むもの必ずしも永きに非ず、少こしく富むものその割合の短きに非ず。貧富は時のめぐり合わせにして、財産はただ有る時にあるのみ。 |
| 卒業生一覧 |