* 本記事については神戸新聞のご好意により「学校人脈」(昭和52年12月3日〜28日連載)を 参考とさせて頂きました。お礼申しあげます。 |
主な卒業生・関係者(敬称略)
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岡本 米蔵 |
ニューヨーク土地建物社長・日本のカーネギー |
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18回生
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・ ある日校長の姿がない、聞けば、幼い愛娘を亡くし、今日が葬式の日である。
下校するとそのまま4里半の道のり(子供の足では片道5時間はかかる)を一人で歩いて校長の家まで訪ねていって、校長をびっくり
させ、校長が「なぜ」と聞くと「先生のお嬢様のお葬式に」とポツリ答えた。まだ若い河合亀太郎校長は思わず涙をこぼし「私は4歳の
女児を喪ったが10歳の男児が生まれた」と感激した。 |
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コラム |
・ 明治30(1897)年夏休みから、山陽から九州にかけて回り翌年もまた
東海道から東京・東北・北海道へと行商の旅に出て、2年にわたる旅で毎日克明な日記をつけ大手出版社から出版した。この本の
推薦は、樺山資紀(文部大臣秘書官などを勤めた)、尾崎行雄(文部大臣)、渋沢栄一(第一国立銀行頭取)などが題辞をよせ、
母校・神戸商業の校長であり川崎造船所の副社長でもある川崎芳太郎が序文を書いている。 |
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| 卒業生一覧 |