* 本記事については神戸新聞のご好意により「学校人脈」(昭和52年12月3日〜28日連載)を 参考とさせて頂きました。お礼申しあげます。 |
主な卒業生・関係者(敬称略)
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丸尾儀兵衛 |
明石市長・財政再建に取り組む・丸尾製粉(丸尾カルシュウム)社長 |
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30回生
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・ 昭和30年にリコールの判決を受け田口市長が辞任した結果行なわれ市長選に、
神戸市との合併反対同盟推薦を受けて立候補、元市長・前助役などの対立候補を破って公選3代目の明石市長に当選した。 |
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コラム |
・ 当時、明石市は2つの懸案を片付けなければならなかった。財政赤字問題と市を
2分する神戸市との合併問題である。丸尾市長は「明石は、西するか東へゆくかなど時々一部の人々にいわれたが、ますそれは
あまりに明石の実力を知らぬ自信のない言葉です。東西南北の市町とよく連携し連合し、明石市自身の持っている特異性や立地条件を
生かして、自分の力でますます向上発展するのです。」と表明し、阪神工業地帯と播磨工業地帯の狭間で取り残されるのではないかと
答えむしろ当面独立性を保つことによって地理的特徴を生かそうと考えていた。 |
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| 卒業生一覧 |